ミレニアム・プロミス・ジャパン(MPJ)

極度の貧困は根絶できるはずだ
私たちの孫の時代ではなく、
私たちの世代のうちに
極度の貧困は根絶できるはずだ  私たちの孫の時代ではなく、私たちの世代のうちに

モザンビークのミレニアム・ビレッジに学生ボランティアを派遣しました!

3月11日より20日まで、3名のボランティア学生(中野宏一さん、東田大志さん、松田協子さん)とともにモザンビークの首都マプトとミレニアム・ビレッジ(シブト)に滞在してまいりました。
村長のご子息の夫人たち.jpgシマを作る村の女性.jpg夕食.jpg市場.jpg小学校.jpgきり絵.jpg小学校.jpg剣道.jpgフェルナンド.jpg
写真上段:左から、お世話になったセリアさんとサンドラさん、シマをつくる隣人、私たちが作った夕食を試食する村人
中段:シブトの市場、ビレッジの小学校、切り絵と子供たち
下段:数独の授業を覗く子供たち、集会で剣道の技を披露、絵を書く村の子供

首都マプトでは、科学技術省、在モザンビーク日本大使館、JICA、UNDPなどを表敬訪問し、瀬川進・駐モザンビーク大使をはじめ、宿野部雅美JICA事務所長など、さまざまな方から現地の現状についてお話を伺いました。
13日にマプトから車で4時間強のガザ州シブトにあるサモア・マシェル村(ミレニアム・ビレッジ)へ向かい、そこで全員がビラ村長のご子息の家(子供部屋)に滞在させていただくことになりました。電気も水道もない村でしたが、周囲の皆さまのご協力でなかなか快適に過ごすことができました。
滞在中は、村長のご家族をはじめ、ガザ州科学技術省代表のマテッセ氏、ミレニアム・ビレッジ担当サンボ氏、ニージェさん、JICAボランティア佐藤なをさんなどに大変お世話になりました。本当にありがとうございました!


村では、キッコーマン株式会社からご寄贈いただいたお醤油をつかって料理を作ってみなさまへふるまいました。
お料理は中野さんが得意で、率先してチャーハンとカレーをつくり、パンケーキを焼いてくれました。市場に材料を買いにいったら、鶏肉はビレッジ事業である養鶏場に案内され、生きたままの2匹を800円ほどで買いました。最初はあばれていたのですが、すぐにおとなしくなり、逆さにして持ち上げると生暖かかったです。
看護士候補の松田さんが村人が鶏を処理するのに終始付添い、それを最後にさばいたのは東田さんでした。そうそう、市場では彼らは芋虫のようなものを乾燥させた食品も試食していました。皆が何でも挑戦する姿勢は期待以上でした。
大きな木の下にある村の広場で開催された集会では、集まった200名以上の人たちに対して写真による日本文化の紹介をはじめ「千の風になって」を歌ったり、「よさこい」踊り、相撲、剣道などを披露をしました。中野さんは高校時代は剣道部の主将だったそうで、剣さばきも見事。相撲では現地の人とも組み合い、汗を流しました。
村人からも5組の歌と踊りをご紹介いただきました。私たちが到着した翌日の夜2時頃から朝まで、遠くで太鼓の音が響いていました。これはキリスト教会の幹部がなくなったので、その供養の儀式だったそうです。「あの太鼓の音は?」と聞いたところ、村長の取り計らいにより、彼らもスピリチュアルな儀式を再現してくださいました。
そのほか、シブトの病院を視察させていただいたり、ミレニアム・ビレッジの小・中学校では、数独を教え、切り絵なども子供たちと一緒に楽しんでまいりました。色紙やクレヨンが珍しかったのか、子供たちは夢中になって取り組んでいました。机がないので床に座って椅子を机代わりにして絵を描いていました。100円ショップで買ったクレヨンを幾つにも折って与え、村の子供たちにお絵かきをしてもらったら大好評で、翌日も「お絵かきしたい」とみんなが集まってきました。彼らは「よさこい」踊りも覚えてようで、次回訪問したときは皆で踊りながら迎えてくれるかも?とちょっと期待しています。
埼玉県鴻巣市の田島島文具センターや中学校から寄付いただいた文具もシブトにある小・中学校へお渡ししてきました。
日常生活に関しましては、できるだけ村の人たちと同じ暮らしを経験させていただきました。
早朝、にわとりの鳴き声とともに起床し、村から歩いて1キロほどの井戸に出かけ水汲みのお手伝いもしてまいりました。紐にプラスチックのボトルをつけて数メートほど落とし水をくみ上げ、25リットルほどのプラスチック缶に移し替えます。缶の内側には苔が生えていました。この水で料理をつくり、お湯をわかして水浴びもします。
缶を頭に載せて帰ろうとしたとき、私は持ち上げることさえできず、男子学生たちも100メートルくらい移動して根をあげてしまいました。みんなで「今度来るまでには筋肉トレーニングをしよう!」と決意。
村の女性たちは非常に働き者で、薪を割ったり、とうもろこしから主食のシマを作ったり、井戸まで洗濯へ出かけたり、一日中休む暇がありません。
「いったい男性は何をするの?」という私の質問に、サンボ氏が「あなたたちが泊まっているこの家は、ご主人一人で作ったものです」と答えてくれました。藁ぶきに窓のない土の壁の家でしたが、夜中に大雨が降っても雨漏りはしませんでした!
文明生活に慣れた私たちにとって少し不便だったことは、水浴びとトイレ。夜は懐中電灯と蚊除けを持って出かけます。蛙がいたり(これは慣れると結構かわいい)、もっと怖い(?)ゴキちゃんがいて、学生3名で退治に出かけたところ、やっつけたのは松田さんでした。いざとなったら女性は強い!彼女はインドに滞在した経験があり、トイレットペーパーを紐につるして首から下げるというアイディアも教えてくれました。
東田さんは大学の修士論文のテーマがパズルというパズルオタクで、今回が初めての海外。中学校2年生に数独を教えて、すでに京都新聞でもこの活動が紹介されました。
17日の夜は村で最後の夕食会となりました。「もう行ってしまうの?」というサンドラ夫人の言葉と歌に、感激の涙が止まりませんでした。
18日にマプトに戻りました。日本政府から新しいミレニアム・ビレッジ建設のため追加支援金5億8500万円が提供されることになり、調印式に参加させていただきました。瀬川進大使がその場で私たちをご紹介下さり、その模様はテレビでも放映されたそうです。翌日
お会いしたWFPの方々に「昨日テレビで見ました」と教えていただきました。
MPJにとっては初めての学生派遣で、学ぶこと、反省すべきことも多かったのですが、村人たちと積極的に交流を務める学生たちの意欲と誠意のおかげで、100%以上の成果をあげることができたと満足しています。
関係者の皆様、ありがとうございました!
現在報告書を作成中で、改めて報告会も開催する予定です。

理事長・鈴木りえこ