ミレニアム・プロミス・ジャパン(MPJ)

極度の貧困は根絶できるはずだ
私たちの孫の時代ではなく、
私たちの世代のうちに
極度の貧困は根絶できるはずだ  私たちの孫の時代ではなく、私たちの世代のうちに

カテゴリー:活動報告

ルワンダのミレニアム・ビレッジを視察しました!

籠を編む女性たち

籠を編む女性たち

MPJ理事長・鈴木りえこが、2月19日にルワンダ共和国のミレニアム・ビレッジ、Mayangeを視察いたしました。ミレニアム・ビレッジ(10か国12サイト)のほとんどが首都から遠く交通の非常に不便な僻地にあるのに対して、Mayangeは、珍しく首都キガリの近郊、南へ40キロ程度のBugesera Distristに位置します。ただし、歴史を振り返ると、もともと乾燥して不毛な土地で特有の伝染病もあった場所へ、ツチ族の人々が強制的に移住させられたという話です。1994年のルワンダ虐殺でも約4,000人が殺害されたというNyamata教会はビレッジ内に存在し、虐殺記念館の一つとなっています。

カガメ大統領が率いるルワンダの効率主義の成果もあり、10か国に存在するミレニアム・ビレッジの中では、2015年末の国連ミレニアム開発目標(MDGs)達成期限の2年前から、地方政府と村民への権限移譲と経費負担が順調に始まり、その点では最も進んだビレッジと聞きました。
チームリーダーのDonaldは、2006年のミレニアム・ビレッジ・プロジェクトが開始された当時から10年間続けて現地の発展を観察していて、この期間の最も印象的な変化は、「自分たちでもできる、という村人の心意気」と指摘してくれました。

ミシン教室

ミシンを備えた縫物の教室

大工仕事場

大工さんの仕事場

他のミレニアム・ビレッジと比べて、比較的、街中にあるという利点もあり、さまざまな病院、学校、共同体のオフィスなどが近いところに集中しています。大工さんたちも集まって共同体が建てた長屋のような建物の一区間をそれぞれ借りて、毎日出勤して仕事をしています。
ルワンダ籠の店

ルワンダ名産の籠を売る店

その近くにはやはり共同体が運営する大工道具を売る店やレストランもあります。
学校をドロップアウトした若者のためには電気工になるための技術教室やミシンを備えた縫物の教室もありました。少額ですが授業料を支払って習いに来ているそうです。
また、ルワンダ名産の籠を作る女性たちも共同体が運営している店の周辺で毎日籠を編んでいます。多くの籠が正札に製作者の名前を書いて店の中に展示され、品質も5年前に訪れた時に比べるとかなり向上していました。



産婦人科の患者さんたち

産婦人科の患者さんたち

クリニックには医師が週に一回巡回し、看護責任者や看護士さんが数名常駐していて、一日の患者数は平均200名、一日の平均出産数は5名だそうです。患者には着飾った妊婦の姿が目立ち、外出するときに良い着物を着るというアフリカの女性たちの慣習を思い出しました。母子ともに出産後は3日間入院するそうです。数時間前に生まれたばかりとか、昨日生まれたという赤ちゃんたちが母親たちに抱かれていました。

主要な産業は農業で、以前はカッサバ(芋の種類)を中心に加工工場を作っていましたが、最近は重点を二期作が可能なメイズ(とうもろこし)の生産に移しているそうです。

エコツーリズム

エコツーリズムサイト

村の新しい事業企画としてエコツーリズムも始めたそうです。ルワンダの王が住んでいた家を再現して、近くには伝統的な踊りや音楽のショーを開催できる小さな会館も作りました。村の共同体が運営するエコツーリズム事業として、観光客を集めて収益を得ることを目的としてます。MPJユースの学生も、この企画に応じて村人の家に2日間滞在し、ショーなども見学しました。

Mayange村の中には、MDGs後の村を運営するためのNGOも立ち上がり、建物も建設中でした。ミレニアム・ビレッジ・プロジェクトも担当者数は減らしましたが、「持続可能な発展目標(SDGs)」の達成に向けて、村の共同体とともに歩み続けていく予定です。

東京女学館中学生が社会貢献学習のためMPJオフィス見学にいらっしゃいました!

中学生と理事長去る2月4日、東京女学館中学校の中学3年生のグループ5名が、社会科の社会貢献学習の一環でMPJオフィスを訪ねてきてくれました。同校では、「国際社会と人類の課題」という単元の中で、グローバルな課題に取り組む団体を生徒が自分たちで調査し、実際に訪問して理解を深め、その後、授業で発表するという学習活動に取り組んでいるそうです。

生徒さんたちは、この訪問に先立って、昨年10月にお台場で行われたグローバルフェスタ会場に足を運び、MPJユースの代表たちと会ったことがきっかけでMPJを訪問先に選んだそうです。

オフィスでは、なぜこのような支援活動を始めたのか? 支援活動を行って大変なこと・嬉しかったことは? 支援活動を行って地域の人々の貧困は解決されたの?などの質問に対して、理事長の鈴木りえこがお話しさせていただきました。

MPJの設立契機の紹介には、極度の貧困削減に向けて具体的目標を定めたミレニアム開発目標(MDGs)は欠かせませんが、「2000年は何があった年か知っていますか?」と問うと、なんと「(私たちが)生まれた年」という答え(!)。生徒さんだけでのオフィス訪問に、最初は少し緊張気味の様子でしたが、後半は、事務局スタッフとMPJユースの学生と一緒になり、支援者向けの手紙づくりに積極的に参加していただきました。

お越しくださった皆さん、ありがとうございました。若い世代の方々の国際協力に対する理解を深めるため、少しでもお手伝いができれば、嬉しく存じます。

マラウイの一村一品運動(OVOP)

OVOPの活動 ~マラウイの地域生産品と共に成長する~  
―マラウイ現地新聞に掲載したOVOP記事広告(2015年9月10日掲載)より―

オイルを渡す西岡大使ミレニアム・プロミス・ジャパン(MPJ)は、2008年4月に設立された日本を拠点とする非営利団体で教育、食料、物質的援助そして災害の影響を受けた全世界の発展途上国の災害対応に携わっている。この組織は、長年に渡りサハラ砂漠以南のミレニアム・ビレッジ・プロジェクト(MVP)を支援している。2014年から2015年にかけての雨季にマラウイで起こった洪水により、多くの家屋と穀物が押し流されるという災難がマラウイの人々に襲い掛かかった事実を受け、MPJは、日本政府から資金提供を受けている日本の組織であるジャパン・プラットフォーム(Japan Platform)と共同して、マラウイの水害被災者を支援することを決めた。MPJは、ゾンバ(マラウイ南部州に属する県)とムランジェ(マラウイ南部州に属する県)の特定の地域の水害被災者を救援物資で援助しようと考え、同時に地元で生産された製品を促進することを願った。

OVOPショップMPJは、数ある試みの中でも特に、マラウイの一村一品(OVOP)プログラムと連携した。OVOPは各地域社会において、地元で手に入る資源に価値を付加することによって、地域の農家の生活を改善しようと努めている政府のプログラムである。現在、OVOPは111の協同組合を支援しており、そのうち55以上の生活共同組合は、市場に製品を出している。生産されている製品は米、調理用油(ヒマワリとピーナッツ)、モリンガ石鹸、バオバブオイル、蜂蜜と大豆製品などである。

この役目に選ばれたOVOPグループは、ドーワのムチンジ(マラウイ中部州に属する県)と、マディシ(マラウイ中部州に属する町)の農産加工者団体と、カムウェンドとザイラセンベのクッキングオイル協同組合だった。それらの協同組合によって生産された調理用油は、より多くのビタミンを維持するコールドプレス製法を用いて生産されるので、他の調理油の製法と比べると、非常に栄養価が高い。MPJは、リロングウェ(マラウイの首都)を拠点とするサンシードオイル有限会社から調理用ヒマワリ油を調達した。この会社は、地域の原材料を使用し、マラウイの人々を1000人以上雇用している。

MPVプロジェクトは、ゾンバの水害多発地域での水害被災者を援助するだけでなく、同時にそれらの生活協同組合が拠点としている村の地域の生産者に力を与えている。生活協同組合は、ヒマワリの種を売る地元の農家にとって既存市場の役割を果たしている。MPJの水害被災者への寄付の連鎖反応はそこで終わらず、生活協同組合のメンバーがMPJに加工ヒマワリ調理用油を販売すると、彼らにお金が渡り、その後そのお金は、国内のニーズに応じるために彼らが使用するお金(例えば、子供の学費、家のトタン屋根、など)となる。このように、MPJは、マラウイの人々が支援を必要としている時に手を差し延べたので、高く賞賛されている。MPJはこの取り組みを通して、洪水被災者と地域の生産者を援助している。また、そうすることにより、地域経済の成長を促進している。「kupha mbalame ziwiri ndimwala umodzi」これはマラウイ現地の言葉であるチェワ語で、文字通り一石二鳥(一つの石が2羽の鳥をしとめる)を意味する。OVPOとして私達は、地域で手に入る資源への価値の付加と市場連携によって地域経済を促進させるために、この取り組みを強く勧めている。皆で必要なものを地域で集めよう、マラウイ人として共に成長するため互いに助け合おう!マラウイの製品を買おう!

(MPJ事務局注)マラウイの一村一品運動(OVOP)は国際協力機構(JICA)の協力によって運営されています。
写真上は、支援物資のOVOP製造調理用油を被災者に贈呈する西岡周一郎駐マラウイ日本国大使、
写真下は、OVOPショップを視察するMPJユース(2015年3月)。

【MPJ事務局より】上記の翻訳は、ECC国際外語専門学校の学生さんらのご協力をいただきました。ありがとうございました!
翻訳:
ECC国際外語専門学校総合英語コース翻訳専攻1年
小股敦貴さん、西井優佳里さん、濱渦麻里菜さん

マラウイは自立できる!

挨拶される駐マラウイ日本大使・西岡周一郎閣下

挨拶される駐マラウイ日本大使・西岡周一郎閣下

日本政府「マラウイは自給できる」
― 2015年9月7日掲載のマラウイ現地新聞「THE NATION」記事より ―

2015年9月4日金曜日、ゾンバ県のクントゥマンジ地域にあるチランガ小学校にて、日本政府がミレニアム・プロミス・ジャパン(MPJ)を通して、今年(2015年)初めの洪水と干ばつの被害にあった1,370世帯に食糧支援物資を寄付したとき、西岡周一郎駐マラウイ日本国大使は、「食糧や他の生産物の革新的かつ持続可能な生産方法を大規模に導入できるなら、マラウイは自給できるだけの可能性を秘めています。」と述べました。 インタビューの中で大使は、「日本もまだ4年前に起こった地震と津波から復興している途中であるように、災害からの復旧と復興にはたいていの場合多くの時間を要します。マラウイの被災者たちは、避難所から出た後も復旧のための援助を総体的に必要としています。」と述べました。 また一方で、大使は、村人に配布した食糧は地元で購入したものであるということに喜びを表し、「ここで配布したすべての食糧は現地で調達しました。日本政府と他の出資者たちが地域の食糧生産量を最大限に引き上げると、マラウイ経済と食糧安全保障は劇的に変化するでしょう。」と発言しました。 災害対応・復旧担当局長のScholastica Chidyaonga氏は、日本政府が行なった寄付を高く評価し、他国政府に今も援助が必要なこの水害の被災者に関して日本政府に倣うことを強く求めました。

【MPJ事務局より】上記の翻訳は、ECC国際外語専門学校の学生さんらのご協力をいただきました。ありがとうございました!
翻訳:
ECC国際外語専門学校総合英語コース翻訳専攻1年
直原望さん、吉田美咲さん

フィリピン台風被災地での交流ツアーを実施しました

タバンゴの子どもたちと2014年度にフィリピン台風被災地支援を行ったレイテ島タバンゴ町に、12月15日から6日間の日程でMPJスタッフの赤坂が有志メンバーを引率し、現地の村人との交流ツアーを実施しました。

甚大な被害を及ぼしたスーパー台風、ハイエン(フィリピン名 ヨランダ)がレイテ島を襲撃してから丸2年が経ちました。町長のMaricor Remandaban氏によると、建造物の復興は進んでいるが、主に農業と漁業にて生計を立てる村民らの仕事不足が課題になっているとのことでした。

スーパー台風により倒壊した小学校6校にMPJが寄贈した仮設校舎は、PTAなどの協力を得て壁を修繕するなどの工夫を加えながら、2年経った現在でも活用されていました。しかしながら、6校のうち海岸沿いにあるKawayan(カワヤン)小学校に寄贈した仮設校舎は、昨年末に襲来した大型台風 ピート(フィリピン名:ルビィ)による海からの強風を受けて、倒壊してしまっていました。幸い倒壊による怪我人はなかったとのことですが、残念ながらまたテントを利用しての授業を行っていました。同小学校は、ありがたいことに、他のNGOの協力により本設校舎を現在建築中です。

タバンゴ町長とまた、今回の交流ツアーでは、Kawayan小学校にて、子どもたちへのフィーディングプログラム(食料支援)を実施しました。PTAの皆さんが歓迎会を開いて下さり、子どもたちや親御さんたちが、歌やダンスを披露してくれました。昼食後は、今回寄贈したサッカーボール、フリスビー、長縄などを使って、子どもやPTAの皆さんと交流しました。

 Kawayan小学校があるSt.Rosa(サンタロサ)村では定職を持っている人が教師の2人だけで、他は漁業により生計を立てているそうです。漁業は自然災害の影響を受けやすく、今回の訪問時も台風が通過した後で、1週間の間、漁に出ることが出来ていない状態でした。Kawayan小学校では経済的な理由から卒業できる子どもは半数に満たず、家計を助ける為に、卒業をあきらめてセブに出稼ぎに出るそうです。

靴を履いていない子どもも多く、日頃の昼食(給食はない)は水を飲んでやり過ごす子も多い中、キラキラした目の子どもたちの笑顔が印象的でした。「どうしてそのような笑顔をつくることができるのか?」という問いに対し、小学校の先生が「全てに感謝し、満足しているから」と答えてくれました。朝、目が覚めたこと、家族と一緒に過ごせること、ひとつひとつに感謝し満足する習慣がフィリピン人にはあります。敬虔なカトリック信仰からくるとも言われる彼らの考え方に、今回交流ツアーのメンバーは大変感銘を受け、参加者の一人である今泉さんからは「日本人が忘れかけてしまったかもしれない、幸せに生きる方法を彼らから学んだ」との感想をもらいました。

仮設校舎建設にあたり赤坂がお世話になった村人のみなさんを訪問して歩きましたが、どこでもあたたかい歓迎を受け、フィリピン人のホスピタリティーにも感銘を受けました。ある若い夫婦の子どもの誕生日会に招いて頂きましたが、月収の半分を誕生日会に費やすといった家族愛にふれました。自分たちにとってのご馳走を、躊躇せずに訪問者にすすめるホスピタリティーに心を打たれました。

一日一日を大切に笑顔で生きるフィリピンの村人たちとの交流は、毎日が笑顔で溢れ、大変楽しいものとなりました。これからも、交流ツアーを継続し、村人から生きる知恵を学ばせていただきながら、現地に貢献して行く予定です。