ミレニアム・プロミス・ジャパン(MPJ)

極度の貧困は根絶できるはずだ
私たちの孫の時代ではなく、
私たちの世代のうちに
極度の貧困は根絶できるはずだ  私たちの孫の時代ではなく、私たちの世代のうちに

ミレニアム・プロミスからのメールマガジン

ミレニアム・プロミスからメールマガジンが届きました。
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まもなく秋学期が始まります。世界の子供達は新学期の準備をしています。子供達にとって、質の高い教育が将来豊かな暮らしをするための第一歩となります。しかし、貧しい子供達は基本的な初等教育すら受けることができません。だからこそ、全ての子供達が初等教育を受けられる環境を整えることが、ミレニアム開発目標(MDG)が掲げる重要目標なのです。MDGとは、極端な貧困に起因する様々な問題に対処するため、各国が承認した8つの目標のことです。

私達ミレニアム・プロセスは、MDG達成に向けて、アフリカのサハラ以南地域の貧困集落において、初等教育が受けられる環境を確保するために活動しています。実績ある実用的な教育投資をもってすれば、この目標は達成可能であることが、私達が進めるミレニアム・ビレッジ・プロジェクトで示されています。学校を建設し設備を整え、教員を採用、研修し、給食プログラムを実施、そして授業に必要な道具(机、椅子、教科書、コンピュータやインターネット技術等)を供給することで、複数のミレニアム・ビレッジでは出席率および児童の成績が向上しています。
例を挙げましょう。マリ共和国にあるティビィ村の学校では、プロジェクト施行以来、教室を増築し、教員を増員した結果、当初70人だった児童数が300人に増加しました。ケニア共和国のデルトゥ村では女子寮の竣工後、女子児童数が倍以上増えました。MDGの三つ目の目標である男女平等と女性のエンパワーメントに対しても貢献することができました。70,000人を越える児童を対象に給食プログラムが実施された地域では、出席率が向上し、児童に意欲が芽生え、早退が減りました。
アフリカで取り組みを進める一方、米国ではミレニアム開発目標や極端な貧困生活を送る人々についての啓発活動も行っています。2008年5月には、アフリカと米国の小学校をインターネットで結ぶ「スクール・トゥ・スクール」プログラムを開始しました。プログラムの第1段階として、ウガンダ共和国ルヒラ村のミレニアム・ビレッジにある小学校の児童と米国コネチカット州グリニッジにあるウィットビー校の児童がインターネットを通して互いの生活について情報交換するという交流が始まりました。「スクール・トゥ・スクール」を通して、世界の多様な異なる地域に住む子供達が互いの共通点を学ぶ機会を得ます。それは、他国で起きていることは自分に関係することであると捉えられるような、物事を地球規模で考えることができる次世代の育成につながるでしょう。
米国ではまもなく新しい学年度が始まります。私達が取り組む教育支援活動に、皆様のご支援をよろしくお願いします。ミレニアム・プロミス及びミレニアム開発目標の啓発活動にご協力していただける学校教員、学生、ご両親、一般の皆様は、ミレニアム・プロミスのホームページに掲載してある各種資料をぜひご覧ください。互いに手をとり、世界から極端な貧困と飢餓をなくし、予防可能な病気の感染を食い止める最初の世代となろうではありませんか。
翻訳:田村トリサ

第4回研究会のご報告

Mr.Tase.jpgミレニアム・プロミス・ジャパン(MPJ)では、夏休みで来日なさった国連人道調整部・人間の安全保障ユニット課長、田瀬和夫氏を講師にお迎えして、7月28日「人間の安全保障」をテーマに勉強会を開催しました。お話の内容をまとめたレポートを掲載します。
【概要】
1.人間の安全保障の考え方
2.人間の安全保障に関する国際的な政策論争、定義論争
3.人間の安全保障基金の取り組みと日本の役割
・質疑応答
・人間の安全保障基金とミレニアム・ビレッジの関係について

1.人間の安全保障の考え方
「人間の安全保障」という言葉が最初に出てきたのは、1994年、UNDP(国連開発計画)の人間開発報告書においてである。その後、2000年から2003年まで活動が行われた人間の安全保障委員会において、精緻化され体系化された。なお、この委員会は緒方貞子氏とアマルティア・セン教授が共同議長をされており、私はその事務局に外務省から派遣され、そのレポートの起草に関わった。
■国際社会による支援の問題点
1990年代、緒方氏が難民高等弁務官を務めていた時に、イラクのクルド問題やボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が起こった。緒方氏がそれらの現場に行かれて見た、一番大きな問題点、矛盾点の一つは以下のようなものである。
・イラクのクルド問題
イラク国内で迫害されて出てきたクルド人は、国境を越えた瞬間、難民条約(1951年制定)上、難民と認められる。ところが、国境というのはたいてい封鎖されており、国境から出られない人たちもいる。この人たちのことを、IDP(国内避難民)という。
国境の外側の難民キャンプと、内側のIDPのキャンプでは、ほぼ同様の非常に劣悪で非人間的な状況が生じている。しかし、難民には、国際的に庇護請求権が与えられており、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)はそれに基づいてこの難民たちを支援する一方で、IDPに対しては支援を行うマンデイトが与えられておらず、なんら支援を行うことができないのである。
緒方氏はこうした現状に疑問を感じ、90年代はじめにUNHCRはIDPの支援に乗り出し、大きな波紋を呼ぶことになった。今では、国内避難民問題というのは、明確にUNHCRにマンデイトが与えられているわけではないが、国際的なガイドラインが定められており、国連も一定程度、支援の責任があるようになっている。
以上のことから緒方氏は、現場のニーズを見てみると人間が制度に合わせるというのは現実には不可能であり、人間に制度を合わせるべきであるということを得たのだと私は理解している。
・ポスト・コンフリクト・ギャップ
ソマリアやカンボジア、東ティモールなどの紛争が終わった直後の状況においては、まず、国連としてはPKO(平和維持活動)が入り、同時、あるいはそれに次いで、人道支援が入る。人道支援とは、ユニセフやWFP(国連世界食糧計画)、あるいはUNHCRが入り、具体的には、ワクチンの供与、シェルターの供与、ないしは緊急食糧支援を行う。90年代の初めには、こうした平和活動・人道支援の後に、開発支援が入るという流れがスムーズに行われることが理想とされた。
ところが、実際には理想通りにいかない。UNHCR、ユニセフ、WFP等の人道機関がマンデイトを果たし、シェルター建て、ワクチン打ち、小麦を投入し、マンデイトを満了した後、人道機関は引き上げることとなるが、この引き上げる瞬間というのは、開発機関であるUNDP(国連開発計画)や、FAO(国連食糧農業機関)、UNIDO(国連工業開発機関)にとっては、非常に危険であるため入ることができないのである。そのため、人道支援機関が引いて、開発機関が入るまでの間に、最悪3年くらいのブランクが空き、その間放っておかれるということになる。90年代の有名な統計では、ポスト・コンフリクトの国の50パーセントが5年以内に紛争状態に戻っている。
つまり、国際社会は、現場のニーズや現場の人たちがどういう脅威にさらされているかというのをほとんど見ていないわけである。制度の側、サプライの都合によって支援を行おうとするために、そのようにちぐはぐなことになってしまう。
■ 「人間の安全保障」の考え方のコア
以上のことから緒方氏が考えたのは、まず現場の人たちがどのような危険にさらされていて、今どのようなニーズがあって、たとえばそれが、シェルターが必要なのか、子どもを学校に行かせなければいけないのか、種を植えなければいけないのか、水が必要なのか、実は全てなのだけれども、それに合わせて、国際社会の側の制度なり支援の在り方を柔軟に変えるべきだということである。現場の人間、実際に地べたにいる人間の視点から見ると、子どもの問題も教育の問題も雇用の問題も労働の問題も全て結びついている。人の周りの安全の状況というのは密接に相互連関しているのである。それをシステマティックに考えた上で、必要なものを持ってくる必要がある。このようなことを人間のニーズに基づいてきちんとやらなくてはいけないのではないか、というのが、もともとの人間の安全保障の考え方のコアである。
■ ディマンドサイド・セキュリティ
以上のことを、北岡先生が(国連日本政府次席代表として)ニューヨークに着任された時に説明したところ、それは経済学的に言えばディマンドサイド・セキュリティであるとおっしゃった。国際社会というのは極めてサプライサイドに動いている。まず、年間計画を決めて、年間の予算を決めて、人員を決めて、組織を決めて、何をどこに供与するかというのは後から決める。決めた後に皆で調整をする。そうではなくて、現場のニーズを把握し、そこから必要なものを必要なだけ、必要な方法で供与できるような形にするとともに、国際社会全体の在り方をそこから考える、現場の視点からもう一度考え直すというのが、ディマンドサイド・セキュリティであり、人間の安全保障である。
■ 「セキュリティ」の意味
安全保障(ヒューマンセキュリティ)にはセキュリティという言葉が使われている。英語のセキュリティという単語には、以下の通り、概念が少なくとも3層位ある。
①ナショナルセキュリティという場合のセキュリティ
主に、防衛、ディフェンスという意味で使われる。
②難民のセキュリティ、難民キャンプのセキュリティ
治安警備、セイフティという意味で使われる。身体的な安全という意味で使われることが多い。
③緒方氏が提案した、人間の安全保障という意味でのヒューマンセキュリティ
「セキュアであるか否か」ということがかなり大きく関わってくる。
では、人間がセキュアであると思うのはどのような条件が整った時か。必ずしも、物理的に安全であったり、物理的な欲求が満たされているからといって、人間はセキュアになるわけではない。将来に展望がある、自分の力を生かすことができる、夢があり希望がある、子どもを学校に行かせられる。あるいは、ポスト・コンフリクトにおいては、自分の肉親を殺した加害者がきちんと罰せられ、屈辱から脱すること。これがなければ人間はセキュアでない。
■ 人間の安全保障が目指すこと
人間の安全保障が目指すのは、国際社会が支援の対象とする人たちが、心からセキュアだと思うこと、更に言えば、セキュアだと思うことによって自分の能力を発揮することである。自己実現をしていくことにより、最終的にはその社会、コミュニティを、村の力だけで、あるいはもう少し大きな単位かもしれないが、人々の力で回していけるようにすること。開発の用語ではこれをエンパワーメントというが、最終的には国連がいなくなってもきちんと回るように、自立してもらうことである。要するに、元気を出す手伝いを国連、国際社会が行うということが、人間の安全保障の考え方のコアになっている。
すなわち、地べたにいる人たちのディマンドの中には、セキュリティ上のディマンドもあるが、もっとメンタルな、サイコロジカルなディマンドというのもある。それを実現するために、制度を変え、同時にその人たちが最終的には誰の助けがなくても自分たちでやっていけるような社会作りをしていくことができるよう、元気になるお手伝いをするというのがヒューマンセキュリティの要諦である。
■ 組織の壁と統合
以上の結果として、人間の安全保障は、国連が行う様々なことの統合を目指す中で、組織の壁を壊すということも自動的に言及してしまう。ある特定の人口が抱えるインセキュリティファクター、脅威のようなことにどうすれば対処できるかということを自分の所属する機関、所属する組織を越えて考えないと、人間の安全保障というのはできない。これは、既存の組織を守ろうとする人にとっては非常に破壊的な考え方である。
今まで、国連は、基本的には、国際規範があり、主権国家があって、そこから各国のポリシーが段々と下におりてきて統治をするというロジックであった。人間の安全保証は、一番地べたの人間のニーズを、国際規範の中に直接統合していこうという、上からのトップダウンと下からのボトムアップについてうまく帳尻を合わせようといる考え方なのである。
この考え方は、ある意味とても破壊的であるように捉えられる。人間の安全保障基金では、複数の国連機関で協力することが資金供与の一つの大きな条件であるが、実際にそれを行おうとするとかなりの抵抗がある。ただ、それを実行しなければ、「One UN」、「Deliver as One」、一つの国連といわれる今の国連改革のプロセスは進まないのではないか。
緒方氏によれば、調整と統合は全く異なるものである。調整というのは、やることが決まっており、それをどう辻褄を合わせるかということである。一方で、統合というのは、人々のニーズから考えて一から積み上げて組織から作っていくことである。今、国連が一生懸命やろうとしているのはどちらかというと調整に近いと思う。そこに全く根本的に入れ替えを行うことを強いるような概念を導入しようとしているのが、人間の安全保障なのである。
2.人間の安全保障に関する国際的な政策論争、定義論争
■ 日本とカナダの主張の相違
90年代、人間の安全保障というのは、日本とカナダが大きく打ち出した概念であった。
・日本の主張
日本はどちらかというと、ODAの文脈、経済援助の文脈で打ち出した。特に、1997年のタイの通貨危機を契機として、東南アジアに対するソーシャルセーフティネットの構築を目指す上で、人間の安全保障という考え方が重要なのではないかといって、小渕外務大臣(当時)が打ち上げた。
・カナダの主張
1995年、ルワンダの大虐殺の際に、国連が手をこまねいて何もできなかったという経験から、そして、安全保障理事会が全く麻痺していたという経験から、このような大量の人間が命を失う危険がある場合には、国連憲章を越えて、国際社会として介入する権利があるのだ、あるいはそれは責任なのだというところまで考え、それを人間の安全保障というのだと言ったのがカナダである。別の言葉でいうと、人道的介入(humanitarian intervention)あるいは、最近の言葉でいうと、保護する責任(Responsibility to Protect)。実はこの二つは違うものだが、今では、保護する責任の方は、国連憲章の範囲内で行動を起こすべきだということで完全に認められた。
日本とカナダの主張というのは上記の通りこれだけ異なるということを、各国連加盟国が知っていたため、90年代には人間の安全保障という言葉は、国連の文書の中では一度も公式に認められたことがなかった。特に、内政不干渉原則に反する概念であるという、途上国による反発が非常に強く、何度も国連総会に挙がっては葬り去られたという経緯がある。
ただ、カナダの方の保護する責任については、今では人間の安全保障とは分離して論じられるようになってきており、国連憲章の枠内で安全保障理事会が対応できるようにすべきだというロジックに変わっているので、今では人間の安全保障も、保護する責任も国連の概念として生き残っている。
その結果、カナダは、段々と人間の安全保障というのを言わなくなり、日本の提唱というよりは、緒方氏による、人間の安全保障という概念が今かなり国連総会の中でも主流化しつつある。一時期のhuman development、あるいは人権といううねりになるくらいに、最近色々な加盟国から大きく取り上げられるようになった。
■ 日本が果たしてきた役割
以上の流れの中で、日本が果たしてきた役割はとても大きい。国連の中では、アイデアを出して議論をリードした人の勝ちなのである。このことは、人権、ジェンダー、ディスアビリティ等あらゆるものが該当する。どこかの国が確信犯的に、国連における議論を引っ張っていく必要がある。日本は、お金を払っているがアイデアを出さないとか、お金を払っているのに安全保障理事会の常任理事国になれないということを言われる。しかし、人間の安全保障に関しては、ここ10年くらいでは日本が唯一、強力に思想的に国連の議論を主導している数少ない分野であると思う。この点は胸を張って言えるのではないか。私は、今は国連側の立場であるが、それでもやはり日本がこれだけの主導権をとってやってきたことは非常に誇りに思って良いと思っている。
3.人間の安全保障基金の取り組みと日本の役割
■ 人間の安全保障基金とは
人間の安全保障基金は、1999年小渕総理大臣(当時)が提唱して作った基金である。累計拠出金額が日本政府だけで365億円あり、最近、タイとスロベニアが賛同したため、今はドナーが3カ国である。このドナー国をなるべく多く増やし、主権国家のみならず、コーポレートや財団などからも拠出を求めることが私の仕事である。
■ 支援の内容
コミュニティや村等、深刻な脅威にさらされている人たちに対して、プロテクションとエンパワーメントを同時に行う。これまでの実績は、177プロジェクト、70カ国以上。1カ国について、1年あたり約1億円から2億円位の資金を投下して、3年間程のプロジェクトで成果を出す。
・支援の例
[状況]
カンボジアのカンコーンは、プノンペンから約3時間、車でタイの国境の方向に走った所にある、人口約3000人の村である。この村では皆が1日平均1ドル以下で生きており、HIVや残された地雷原等、様々な問題がある。だが2005年時点で一番大きな問題はヒューマントラフィッキングであった。この村の子どもたちは学校がないので字が読めない。中国側から、中国の犯罪組織のブローカーが来て、この村を出て働けば良い収入になると言い含めて、字の読めない女の子に契約書に指で判子を押させて連れていってしまう。連れて行かれた子の8割方は、タイ国境を跨いでタイに連れて行かれセックスワーカーになる。あとの2割はプノンペンへ連れていかれて、中国系の繊維工場で強制労働をさせられる。3000人の村のうち2005年だけで53人の女の子がいなくなった。
[支援内容]
ILO(国際労働機関)が単独で入り、午前中に子どもたちを集めて読み書きを教える。それから、大人にも読み書きを教える。そして、ブローカーが来ても絶対に判子を押してはならないということを徹底的に何度も教える。また、プノンペンで強制労働させられて逃げてきたある女の子には、ILOがミシンを買ってあげて、ミシンの使い方を教えてあげて、洋裁店が開けるようになった。その結果、2006年からはこの村から一人もいなくならなかった。
以上の支援が根本的な問題を解決しているかというと、そうではないと思う。おそらくブローカーは隣の村に行ったのだろう。ただ、この村に関して言えば、ILOが入ったことによって、村の人たちが団結して、子どもたちを守るという意識が芽生えた。子どもたちも字を学ぶことによって、医者や弁護士になる等の夢を持てるようになった。ILOが市町村レベルでの協力を求めて、ILOがいなくなった後は、市町村がそれを引き継ぐ形をとった。まだ、インフォーマル・エデュケーションという形だが、十分にその村の一つのインセキュリティファクターに対抗することができたのではないかと思う。
上記は一つの例であるが、人間の安全保障基金がやっているプロジェクトは、プロテクションを与えると同時に、最終的には国連がいなくなっても、国際社会の介在がなくても、自ら、住民ないしは人々の団結、人々のやる気によって、生活を回していけるような元気をだす手伝いをすることが一つの目標である。
■ 人間の安全保障基金の特徴
・拠出基準
最近では、二つ以上の国連機関が一緒に企画、実施をしないと、お金は出さないようになっているため、One UNをいやがおうにも推進する形になっている。更に、取り扱う事象についても、教育のみ、雇用のみ、あるいは麻薬のみでもだめで、対象とするコミュニティのニーズが何なのか、それをどのようにすれば総合的に、そこにいる人たちが希望を持てるのかということを考えないといけないということが条件となっている。今、国連の信託基金の中では最も大きいものの一つであるが、助成を受けるのが最も難しい基金でもある。
・予算体系
ODAの場合は、中央政府がお金の受け取り手になるが、人間の安全保障の基金の場合は、国連機関が直接施行するか、あるいは、国連機関が現地のNGOにサブコントラクトする形をとっており、中央政府の中間搾取が一切ないようにするという予算体系をとっている。我々のこの基金の運営方針というのは、最後の1セントまできちんとコミュニティに届くことというのを目標にやっているが、どこまでそれができているかというのはこれから検証されるべきであるし、色々な人に見ていただきたい。
■ 広報の必要性
昨年、人間の安全保障基金についてのパンフレットを作った一つの動機は、日本のお金がこれだけ現場で動いて、生きて、成果を出しているのに、国連がそれをきちんと伝えようと思わないと伝わらないからである。そもそもカンボジアのカンコーン村などは、アクセスが非常に厳しい所であり、周りはゲリラの武装民兵などが沢山いるところなので、普通の人は入っていけない。そのような所でも、日本のお金、あるいは国連の支援というのがどんどん成果を出していて、実際にこの基金の事業で命が助かった人、あるいは人生に希望がもてた人というのは、少なく見積もっても数万人はいる。それをどうにかして伝えなくてはいけないという使命感があってこういうパンフレットを作り、写真展もやってみたが、なかなか現場の息吹きや、何が可能か、何が不可能かということが伝わらない。国連は完璧な組織ではないので、いくらでも不十分なところはあるが、それも含めて、検証してもらう方法がなかなか無い。これは、国連が意図的にある程度お金を使って情報を公開していかなければ良くならないと思う。多くの人に興味を持っていただき、たとえばテレビ局などに来てもらい現状を見てもらうことで、国連はここまでできてここまでできないというようなことをどんどん伝えていただくようなことができればと思っている。
■ 国連における人間の安全保障の位置づけ
最後に、人間の安全保障というのが、今の国連においてどのような位置づけになるかということをお話ししたい。
・経営者的視点の必要性
カジノの必勝法は何か。答えは簡単で、胴元になることである。人の作ったカジノで、人の作ったルールでお金を賭けても絶対に儲からない。カジノで唯一勝つ方法というのは、胴元になって賭博のルールを設定することなのである。
国連にそれを当てはめて考えると、自分たちが胴元であると確信している国が三つある。イギリスとフランスとアメリカである。私が尊敬する大国はイギリスとフランスであり、この2カ国は絶対に他人の土俵では相撲を取らない。国連において、常に、自分たちは経営者であるという感覚であたっている。だから、安全保障理事会でも彼らがやるのはルールメイキングである。
国連で働く中で、あるいは国連に関わる中での私の根本思想は、「ルールを作ったものは世界を制する」ということである。しかし日本は、イギリスとフランスが作ったカジノで、どうやったら一番負けないように、あるいは儲けられるようにするかということを長年考えてきており、経営者になろうという意識がないように見受けられる。賭博をやって、お金を持っているからお金を賭けている人と、それを二階から見ている人のメンタリティは全く違う。そういう意味で、日本が常任理事国になれないのは、頑張ってお金を出しているからである。そうではなくて、もう少し、経営者的な視点を持つべきだと私は考える。
・人間の安全保障の考え方を世界のルールに
安保理の経営は非常に難しいため、経営者になれるとは限らないが、人間の安全保障というのは、極めて珍しいことに、日本がルールメイキングを主導している。この、ボトムアップの考え方、現場主義や、地べたの人間が思っていること、あるいはアスピレーションのようなことを、世界のルールの中にシステマティックに組み込んでいくことは、日本人の道徳観や常識に非常にマッチすると私は思っている。個人の視点、あるいはグラウンドにおける人間の視点というのも、同時に国際規範の中にきちんと組み入れられるだけのシステムを理論的に構築すべきである。そして、少なくとも私がこれまで見てきた中で、それをした国はないと思う。現場主義というのは色々なところでNGO等によって行われているが、それを理論化、体系化して、国際法の中に取り入れていこうとしているのは、この考え方だけなのではないかと思っている。そのため、私は外務省を辞め、国連に3年ほどいるのである。
人間の安全保障の考え方には、明らかにブレイクスルーを起こせるだけの論理性があるので、今後、それをいかに加盟国に広めていって、法律、ルールにしてしまうかということである。いったんルールになったものは皆誰も文句を言わない。たとえば、人権というのは皆が当たり前だと思っているが、極めて複雑で突飛な概念である。人間として生まれたからには権利というものが内在するのだということを宣言する。権利というものが内在するからには、この権利を守るためのインスティテューションが必要だと次に考えて、それは国家がオブリゲーションを負うべきだとする。よって、少なくとも国連の中における人権の議論というのは、人間に内在する権利を主張することを通じて、国家の義務を果たさせるというものである。このような複雑な議論を主流化した人がいるのである。それは、我慢強く、粘り強く、それを信じて徹底的に継続的に取り組んだ結果である。そのくらいのパワーが、人間の安全保障という考え方の中には内在し得ると思っているし、それは日本発の概念として皆がプライドを持ってよいものではないかと思っているので、ぜひ今後も広めていきたい。
【質疑応答】
Q1:アジアのODAの成功をアフリカに持っていこうとしてうまくいかない、と言われることがよくあるが、アフリカの支援をやろうとしている者にご助言がありましたらいただきたい。
A1:私もTICADIIの時に外務省のアフリカ二課に所属していたが、確かにアジアの経験をそのままアフリカに持っていこうとしても成功しない場合が多い。それは一つには、アジアとアフリカのキャパシティの違いにあると思う。アジアのキャパシティというのは、タイやインドネシアなどを例にすると、日本のODAが70年代、80年代に与えたインプットにより上昇し、更にインプットを与えることにより、インプットを与えなくても伸びるようになってきたのが現状である。しかし、アフリカについては、私の感覚ではアジアのキャパシティより遥かに劣っており、読み書きもできないような状況である。(もともと字が読めるか、仏教が広まっているか、お坊さんに対する礼の文化があるか等、アフリカにももちろんないわけではないが、アジアのキャパシティに比べるとなかなか、というのが現状。)一番の問題は、ここでそのキャパシティの最初の部分をどうやって上げるかということではないかと思う。アジアと同じインプットを与えても、同じように伸びることは難しく、全く伸びないか依存体質になってしまうかのどちらかである。アジアがキャパシティより少し高いインプットを与えたことによって、それに追いつけたと同様の、アフリカ人にできる、アフリカ人が自分で企画して運営できるようなインプットを、うまく、継続的に差し伸べることによって、段々と上がっていくのだと思う。人間のキャパシティ自体は絶対にあると考えている。
ミレニアム・ビレッジについて、人間の安全保障基金では、5年間で20億円を供与している。ジェフリー・サックス教授とも協力しながらやっているが、ミレニアム・ビレッジの原点は、グレンイーグルス・サミットの約束、そして、GDPの0.7パーセントを先進国が供与するというところにあるが、それが重要である。課題は、それだけの大きなインプットを与えた時に、どうやってエンパワーメントの底上げをするかだと思う。今、人間の安全保障基金の支援を得ている9つの村があるが、非常にうまくいっている。課題はこれからの3年間で、このインプットがなくなった時に、あるいは、減った時に、人々のキャパシティをどこまで上げていけるかというところが、我々がマネージメントオフィスとしてUNDPに要求する一番大きなところである。
もう一つ関連したお話をすると、いくつかの援助の世界で証明されているレバレッジポイント(援助をする時の力点)があり、一つは学校給食である。学校給食によってまず、子どもが学校に来る。子どもが給食を食べると、元気が出て、勉強をし、字の読み書きができるようになる。そして、子どもが学校に行っているということは、子どもがストリートにいないということなので、治安も改善する。更に、学校給食の材料となる野菜は、周りの農家から買っているため、周りの農家も儲かる。よって、学校給食というのは、開発の中での一つの大きなレバレッジポイントだと言われている。
もう一つのレバレッジポイントはマイクロクレジットである。バングラデシュのグラミン銀行等では、女性が意思決定を行うということを少額の資金で助けることにより、大きな底上げとなっている。極めて少額のインプットで、非常に大きなアウトプットが出てくるのがマイクロクレジットと言われている。
更に、経済的効果はあまりないのかもしれないが、アフリカや中南米で、レバレッジポイントだと言われるのはサッカーである。親善大使はサッカー選手が多いが、なぜかといえば、サッカーをやるためには、元気がなくてはならないので、麻薬等の危ない薬に手を出さなくなる。これも、子どもたちがグラウンドにいてストリートからいなくなるため、治安がよくなる。そして、子どもたちの間では連帯意識ができてきて、相互にコミュニケーションがよくなり、だんだんとコミュニティの輪ができてくる。
以上のようなレバレッジポイントを見つけることが、開発において、そして、人間の安全保障の文脈においても重要である。
人間の安全保障の文脈では更に危険なことも行っている。たとえば、セルビア人とアルバニア人が一緒にレンガ工場で働かないと資金を供与しない等、そのようなコンディショナリティをつけて、Imagine Coexistenceというプロジェクトを実施したことがある。過去に個人的に軋轢のある人同士をくっつけてはだめだが、知らない人同士は、セルビア人であろうがアルバニア人だろうがけっこう仲良くなることがある。また、セルビア系とアルバニア系にボーイスカウトを一緒にさせると、子どもたちはすぐに仲良くなる。すると、大人の方も段々仲良くなってくる。これは非常に危ない例で、失敗すると一触即発であるが、効果はある。そういうレバレッジポイントを見つけることがキャパシティを上げていく上での一つの方法だと思う。最近では、携帯電話もレバレッジポイントの一つだと言われている。
Q2:人間の安全保障的な価値というか、日本的な普遍的な価値を国際法に組み込んでいくというのがおもしろいとおっしゃっていたが、具体的にはどういった形をとるのか。条約などを作るのか。中央政府介入という原則を保つのであれば、守られる価値というのはかなりミニマムなものになっていくのかと思うがいかがか。
A2:色々な場合があると思うが、人間の安全保障に関する条約ができるということではない。人間の安全保障というのは、一つのロジックである。人権が人間に内在する属性であるとすると、人間の安全保障というのは一つのアプローチないしはロジックでしかなくて、権利というものではないと思う。しかし、ロジックを流行らせることは可能である。たとえば人権というのは誰も疑わない。そのくらい現場の観点を常に国際法と直結させるような規範である。
たとえばひとつ例をあげると、現場というのとは違うが、障害者の権利条約というのが2年程前に国連で成立したが、障害者権利条約の条文の策定には参加者の半分は障害者であった。それは現場の観点が入っていないと国際法が役に立たないからである。このように、たとえば制度を作る場合、たとえば平和構築支援を行う場合、ODA支援を行う場合にも、ボトムの論理というのをきちんとはじめからアップストリームに反映されていくというロジックを流行らせないといけない。
Q3:ポスト・コンフリクト・ギャップとおっしゃったが、確かに紛争は社会やコミュニティを壊すし、貧困や治安の悪化、教育の崩壊等があり、それをいかに防ぐかということが課題となる。色々な紛争が終わった後は治安が非常に悪くなる。そこで支援を与えることが重要だが、実際に我々が入っていく時に、安全上、どうしてもアクセスできない部分がある。しかし、そこが一番紛争の源になる可能性があったりするが、その限界を乗り越えることが本当にできるのか。だとしたらどんなことが可能なのか。
A3:おっしゃる通りで、そこが一番のジレンマである。
たとえば、コソボのミトロビッツァというところで、この基金の支援を始める予定であるが、コソボの首都プリシュティナは、今はとても平穏で景気も良い。しかし、セルビアとの国境のミトロビッツァには、町の中に川が流れていて、川の上半分にはセルビア人がいて、川の下半分にはアルバニア人がいる。そこまで行ったが、何が起きてもおかしくない雰囲気が漂っている。しかし、その程度になっていれば、十分入っていけるので、今からプロジェクトを始めることが可能である。
ところがダルフールで人間の安全保障基金のプロジェクトをやろうと思っても、ユニセフも入っていけない、UNHCRも入っていけない、NGOでさえ入っていけないのに、何をやるのかということになってしまう。一件だけ行っているプロジェクトがあるが、それはAU(アフリカ連合)軍の兵士たちに基本的なトレーニングをするという間接的なものである。おっしゃる通り、国連機関、人道機関でさえアクセスできないようなところに対して、何ができるのかといえば、何もできない。軍事的な力を持っていないと、あるいは、持っていてでさえ何もできないのが現状であり、そんなことで人間の安全保障と言えるのかと言われたらそれは非常に厳しい。
この関連で一言言うとすれば、緒方氏が記者会見において、「人間の安全保障はイラクに対して何ができるのか」という質問に対して、「人間の安全保障は外科手術ではない。どちらかといえば東洋医学のようなもので、外科手術が必要でなくするように、日頃から体力をつけておくための一つの措置なのだ。だからと言って、外科手術が必要でないわけではない。しかし、外科手術が必要な状況を作らないという措置は国連にもできるのではないか。」とおっしゃった。人間の安全保障という思想に関しては、そういうものなのだと思う。ダルフールのようになってしまったら、安全保障理事会がこれを国際の平和と安全に関する脅威とみなして(国連憲章)第7章下の行動をとるしか今の国連の規範の中ではやりようがない。そこは非常に悲しい現実である。
国連軍や多国籍軍とのタイアップということは軍事協力になるので、人々のエンパワーメントなどの話ではなくなってしまう。一時期、国連軍、国連スタンバイフォースというのを作ろうというのが出た。結局それはアメリカやロシアの反発で潰されたが、同じようなアイデアで国連ヒューマンセキュリティ・スタンバイフォースというのを作るべきだとEUが言い始めたこともある。それは、深刻な人道状況が起きた時に、そこに、軍隊ではないが、武装警察のような勢いで入っていって市民の安全を守るようなことができるのではないかという提案があったことはある。しかしそれは、今我々がやっているような人間の安全保障プロジェクトとは少し異なる。
Q4:ウガンダにおいて、UNDPがイニシアティブをとってアーリー・リカバリー・フレームワークをもってきて、人道支援から開発への移行のフェーズをスムーズにもっていこうという時に、ちょうど私はドナー会議に出席させていただいたことがある。その時に、この考え方はとても理想的であったが、ミーティングの中でさえ、うまく機能していないように見えた。各エージェンシーの縄張り争いのようなものがある等、ドナーの中でさえ上手くまとまっていないことを国に持っていこうとするのはどうなのかと思った。また、考え方自体がとても良いことなのに、それをどれだけ他のエージェンシーと協力して真剣にやろうとしているのかが、伝わってこないところがあった。実際には、どれだけ国連が力をいれてやっているのかをおうかがいしたい。
A4:頑張ってやっているのだと思うが、私から見ると、さきほど説明したようにやはりコーディネーションにとどまってしまっているのではないかという気がする。ユニセフもFAOもUNHCRもそれぞれ自分のプログラムがあり、それをうまく調整しようとしているのだと思う。
一度皆で集まって、一台のバスに乗って現場に行って、ニーズをすべて書き出してみればよいのだと思う。実際に、タンザニアの北西部のブルンディとの国境において、ブルンディから出てくる難民とタンザニアのホストコミュニティの間をどうするかというプロジェクトにおいては、UNDPの副代表が、全員を現場に連れて行った。現場で、そこのニーズを全て書き出して、そこから全て組み立て直してやったところ、調整という概念ではなく、ここはユニセフができるとか、ここはHCRかかわらなくてよいとか、そういうことが極めて自然にできるようになった。そういうマインドというのがおそらく現場主義である。皆で力を合わせて自分の所属に関係なくオール国連とかオール世界のようなものを考えて、必要なものを必要なだけもってくるという考え方がどうしても必要なのだと思う。たぶんウガンダでご覧になったのではないかと思うが、皆自分の所属機関に対する愛着というか、マンデイトの縛りがとても強くなかったか。そこをその国連を構成する人たちが超えられるかどうかである。教育の専門家であることは重要であるが、それを越えて全体のニーズを把握する。その中で国連の専門家である自分がどのように貢献できるかということを考えるべきであって、教育という切り口でコミュニティを見ると失敗するような気がする。上手くいっている例もあるので、そのようになっていけばよいと思う。
Q5:さきほど、外科手術をする前に少しでも体力をつけるとあったが、そういう意味で、人間の安全保障は具体的には今、どのようなことをされているのか。国の政治的な問題があるから、簡単に介入という形で踏み込めないかもしれないが、国連は結果として起こってしまったことの始末をいつもしてくれているのだと感じる。本来は政治家同士がその事実を起こさなければ国連は出動する必要がなかったというのがいつも気持ちの中にあるのだが、そういうことが起こる前に何かできないのか。また、そのような事態を起こした政治家に怒りを覚えたりはしないか。
A5:たとえば、アルメニアにおいて、放っておけば少数民族が爆発しかねないというところで今事業が一つ動いている。この人たちがこれ以上マージナライズされるのを防ぐために雇用創出を行い、他の民族との和解や融合を行うこと等を行っている。しかし、紛争が実際に起きていないところに資金をもっていくというのは、論理としてなかなか難しい。どうしても後手に回ってしまうという現実があるのは確かである。そこは、私たちはニューヨークにいて、現場のことは現場にいる人たちよりはわからないので、現場の国連職員ないしはNGOの人たちが、いかにこれは危ないと早期警戒ができるか、それに対してプロジェクトをきちんと組めるかどうかが重要なのではないか。うちのオフィスは、良いプロジェクトで論理性がきちんと証明できるのであれば、お金が出るようにはなっている。
また、紛争等が起こってしまったことについて、フラストレーションは非常にたまるが、かといって文句を言ったところでどうにかなるわけではない。ここでまた、先ほどのルールの話が出てくるが、国連では文言考証のようなことを毎日、一日中やっている。isをwasに直したり、カンマの位置をどこにするか等、何をやっているかを読めていないとそうした仕事をばかにしてしまう。しかし、毎日第一委員会から第六委員会までで作成している文書というのは、1年以内に国連総会決議となる。国連総会決議となったものは、5年以内に関連条約の文言にそのまま採用される。一旦どこかの委員会で皆が合意したものというのは、絶対にひっくり返すことができない。条約の文言になったものというのは、10年以内にその文言で各国が批准する。批准をすると15年後には国内法に落ちてくる。そうすると、20年以内に現場を縛るのだと思う。そういう意味で、大きなことを起こさせないためには、非常に時間がかかるが、結局ルールで縛るしかない。そこで、今起こっていること、起きたことに腹を立てるのは当たり前だが、腹を立てた先というのは、私はルール作りに向ければよいのだと思う。そうすることによって10年後に効いてくる。そのことを理解できているかどうかが、今のカンマを争うファイトにつながるかどうかにかかっているのだと思う。カンマの位置で解釈は変わってくる。そこまで読めるかどうかは、国連職員ではなくて、政府の役割だが、政府で働く職員の大きな責任だと考える。今やっていることが15年後20年後にどう現場を縛るかということを理解することが重要なのである。
Q6:今日のお話をうかがい、人類の課題をトータルで解決していかなくてはならないということを前提に考えると、主権国家の集まりとしての国連という組織、更に、主権国家というもので仕切られた人類の社会というものを根本的に考え直して見直していかないといけないのではないかと考える。今はそれが夢物語だとしても、国連改革、One UNを続けていくうちに、たとえば20年後、30年後には国連はどのような組織で、どのような人類社会になっていくかということをうかがいたい。
A6:国家という塊は、おそらく最小公倍数的に、あるいは最大公約数的に、世界中の人にとって、自分が属する先として誰もが快適な塊だと思う。私は博多出身だが、博多人、九州人、日本人だと言われて文句は言わないが、アジア人かと言われると違和感を感じる。そのように、少なくとも今の世界においては国家というのが、一番人間がまとまりやすい単位なのだろう。だからこそ、その概念がサバイブしており、国連は主権国家の集まりという形になっている。これから20年後、30年後を考えると、ビジネスとシビルソサエティの役割というのは極めて大きくなってくるので、所属する先の主体としての国家というものは存続すると思う。そして、それを補完するような形式のようなものが沢山出てくる。特にインターネット等の発達によって、自分のアイデンティティや所属というのが、だんだんマルチになってくると、シビルソサエティやビジネスの役割というのは今後、いろいろな発展をし得るのではないかと思う。これは人間の安全保障というよりは、国家論とか、世界がどうあるべきかという話だと思うが、国家は残ると思う。たとえば、EUでは、通貨を統合したり、国境管理もほとんどなくなっているが、国としてのアイデンティティはやはりある。それをいかに補完できるかである。
Q7:国連においてルールメイキングを主導していく中で、どういった要素が必要なのか。さきほどのお話の中でイギリスやフランスを尊敬されるというお話があったが、イギリスやフランスは、他の国連加盟国の持っていないどのようなものを持っているのか。また、ヒューマンセキュリティに関しては、日本やカナダという安保理外の国が割合主導しているが、こういうものに対して、やはり安保理にいるメンバーの方がリーダーシップを発揮することができるのではないか。
A7::イギリスとフランスが何を持っているかというのは事象によって異なるが、細かい交渉術から紐解いていくのであれば、Aという提案がでて、Bという提案がでるとすると、イギリスとフランスはAとBのどちらかに賛成するということを絶対やらない。必ずCを出す。ここでCを出せるかどうかというのが、一つのポイントだと思う。彼らがもっている大国意識というのはこういうところに確信犯的に表れるのではないかと思う。
人間の安全保障に関していえば、戦略的にはG77(途上国の集まり)をきちんと巻き込むことが重要である。今、アフリカは人間の安全保障のサポートで完全に一致しているし、ラテンアメリカもほぼ一致している。その意味で、途上国の中で大きな所、メキシコやタイや南アフリカなどにサポーターになって神輿を担がせるというのが戦略上極めて重要なのが一点である。また、P5(常任理事国)には、少なくとも反対させないだけの外交努力を行えば、本件に関してはそれで十分だと考える。その他にも戦略が必要な部分があるが、日本がどうやって主導権をとるかというのは、今は高須大使という人が舵取りを行っている。私は今国連事務局にいるため、事務局としてうまく各国をつなぎ、それをサポートする形をとっている。
【人間の安全保障基金とミレニアム・ビレッジの関係について】
ミレニアム・ビレッジ・プロジェクトについては、5年間で20億円(2000万ドル)の資金をアフリカの9つの村に供与する。
これはUNDPの単独プロジェクトであり、もともとはUNDPがジェフリー・サックス教授と一緒にプロジェクトの案を書いて、人間の安全保障基金に申請してきた。これをうちのオフィスが審査し、日本政府と共同審査して承認を行い、今、最初の2年間が終わったところまできた。これからフェーズ2、後半の3年間が始まるところである。フェーズ2は12億円(1200万ドル)が引き続き9つの村に供与される。もともとのミレニアム・ビレッジの体系というのは、各村に年間50万ドル投入することを5年間行うことにより、その村をテイクオフさせるというのがアイデアだったように思う。ただ、当初ミレニアム・ビレッジが想定していたよりも、うちの審査基準の方がやや、5年間終わった後どうするのかという部分の縛りがきつい。サックス教授はビジネスマインドがある方なので、日本政府が最初の20億円を供与することによって、それを呼び水にして、他の国もより大きな支援を行うというためのきっかけにするのだという考え方である。基本的にアメリカの民間の財団というのは全てこういう論理で動いている。たとえばフォード財団が10億円どこかへ出す時に、この10億円を呼び水にして他からも同じだけ、あるいはそれ以上持ってきてくださいというのがファンドのリクワイアメンツである。そういう論理がアメリカの財団と言われる世界にはあって、サックス教授はそういうことを考えて基本的にやっている。よって僕らもそういう意味では5年間のプロジェクトの後、サックス教授がさらに資金を導引されて継続されるというのは反対しないし良いことだと思う。ただ、人間の安全保障基金の場合は、基本的に、その後支援がなくてもどうにかして回していけるということを前提としているので、そこでさきほど申し上げたように通常私たちがやっているプロジェクトよりは、ミレニアム・ビレッジにおけるインプットというのはかなり大きい。そこをインプットを大きくしながら、キャパシティビルディング、エンパワーメントの要素をどこまであと3年間で追いつかせて、インプットのレベルに追いつかせていけるかが、UNDP及びコロンビア大学地球研究所の腕のみせどころだと思っている。非常に期待している。          以上
◎講師プロフィール
略歴: たせ かずお 1967年生まれ。東大工学部卒、同経済学部中退、ニューヨーク大学法学院客員研究員。1991年度外務公務員I種試験合格、92年外務省に入省し、国連政策課(92年〜93年)、人権難民課(95年〜97年)、国際報道課(97年〜99年)、アフリカ二課(99年〜2000年)、国連行政課(2000年〜2001年)、国連日本政府代表部一等書記官を歴任。2001年より2年間は、緒方貞子氏の補佐官として「人間の安全保障委員会」事務局勤務。2004年9月より国際連合事務局・人道調整部・人間の安全保障ユニットに出向。2005年11月外務省を退職、同月より人間の安全保障ユニット課長。外務省での専門語学は英語、河野洋平外務大臣、田中真紀子外務大臣等の通訳を務めた。

『ビッグイッシュー日本版』にインタビューが掲載されました!

『ビッグイッシュー日本版』100号記念号(8月1日発行)の「連載 チャリティ・プラットフォーム インタビュー⑮」で、NPO法人チャリティ・プラットフォーム理事長の佐藤大吾氏(写真)からインタビューを受けました。
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ビッグイッシュー100号
(上記をクリックすると記事ページを見ることができます)
連載 チャリティ・プラットフォーム インタビュー
アフリカン・ミレニアム・ビレッジへの直接投資でアフリカの貧困と闘う

NPO法人ミレニアム・プロミス・ジャパン理事長
鈴木 りえこ さん
チャリティ文化の創造
国連ミレニアム開発目標の達成を目指し、収入が1日1ドル未満という極度の貧困解消のため、アフリカの村に直接支援を続ける米国のNPO「ミレニアム・プロミス」。ミレニアム・プロミスのパートナーであるミレニアム・プロミス・ジャパンを立ち上げた鈴木りえこさんに、NPO法人チャリティ・プラットフォームの佐藤大吾がインタビューした。豊富な国際経験から見えてきた、末端まで届く確かな支援のあり方とは?

中間搾取されることなく必要な人に届く直接支援を
佐藤 はじめに、アフリカに関心をもたれたきっかけを教えてください。
鈴木 もともと私は電通総研に勤めていたのですが、2004年、東京大学法学部で政治を教えていた夫の北岡伸一が、ニューヨークの国連日本政府代表部・次席大使に任命されました。夫は私に定年まで勤め上げてほしいと願っていたのですが、こんなときしか新しい一歩は踏み出せないと決心して退職しました。
佐藤 北岡先生の気持ちを振り切って。(笑)
鈴木 ええ。でもイギリスの大学院で国連について勉強したこともあり、こんなチャンスがなければできないことを見つけたい。そう考えていた05年1月、夫と親しくしているコロンビア大学のジェフリー・サックス教授から夫に電話がありました。彼は国連アナン事務総長の特別顧問で、世界の貧困撲滅に向けた「ミレニアム開発目標」の監修者でもありました。そんな彼が、目標達成の壁となっているのはアフリカのサブサハラの貧困で、エイズとマラリアが特に大きな問題だというのです。エイズ問題を解決するのは複雑だけど、マラリアは蚊帳でかなりの部分防ぐことができる。蚊帳は日本の某メーカーのものが高品質ですが供給が足りない。それを聞いて、私の使命はこれだと直感しました。
佐藤 実際にアフリカへ足を運ばれたのは、その直後ですよね。
鈴木 その年の3月です。セネガルのスーパースターでユニセフ親善大使でもあるユッスー・ンドールさんが、アフリカ中の26組のスターを集めて母国でマラリア抑止のコンサートを開いたんです。そこへサックス教授夫妻も行かれると聞き、駆けつけました。コンサートの後にはユッスー・ンドールさんらとともにユニセフの車で地方の村へ移動し、蚊帳の贈呈式を見せてもらいました。
佐藤 米国で、NPOミレニアム・プロミスが立ち上がったのは?
鈴木 コンサートの翌月です。サックス教授と、米国の有名な慈善事業家レイモンド・シェンバーさんが中心となって創設しました。その翌年1月、サックス教授夫妻のアフリカ視察に、私も合流したんです。たまたま裕福な社会貢献家を含め30名ほどが参加したツアーで、中には自家用ジェット機でいらした方もいました。そんな中、サックス夫人にミレニアム・プロミスの日本版をつくりたいと打ち明けると、「ファンタスティックね」と賛成してくださった。
佐藤 なるほど。ミレニアム・プロミスの一番ユニークな点は、何といっても直接支援ですよね。従来の国と国とのやり取りでは、せっかくの寄付金が中間搾取されて肝心の村に届かないといった話をよく聞きますが、実態はどうなのでしょう?
鈴木 実際、そのようですよ。アフリカに長年滞在した専門家によれば、中間搾取されたお金はスイスの銀行に行くとか別荘になることが多いそうです。そういう意味でも、アフリカ10ヵ国にモデルとなる80もの「ミレニアム・ビレッジ」をつくり、農業・教育支援や蚊帳の供給、井戸、給食の配給などを行っているミレニアム・プロミスの活動は、人々に確実に届く方法だといえます。
佐藤 本来なら自分の懐に入るお金がもらえないとなると、その国の大臣や役人は怒ったり、妨害したりしないのですか?
鈴木 サックス教授が大統領らと直接話をしているので、その点は心配ありません。1日1ドル未満で暮らしている人たちは生きることに精いっぱいで、次のステップに上がっていけない。発展の第1段階のステップに乗れるよう手助けしなければならないんです。実はこの「ミレニアム・ビレッジ」プロジェクトは初め、2ヵ国2村で始まったのですが、日本政府がサックス教授と夫の要請に応じてくださったおかげで10ヵ国にまで増やすことができました。
佐藤 つまり、日本の援助によって、対象となる国が8ヵ国増えたということですか?鈴木 そうなんです。日本政府が5年にわたって20億円の支援をすると約束してくれたことで、資金のめどがつきました。サックス教授も日本政府のこの英断を高く評価していて、世界中の講演先で日本のことを褒めて下さっています。原価500円の蚊帳で5年間安心して眠れる佐藤 「ミレニアム・ビレッジ」への支援は永続的なものではなく、5年という期限つきだそうですね。
鈴木 ええ。5年の間に、自分たちの足で立ち上がれるようにしていただく。ここが、自助努力を求める日本人の考え方にも合っているところです。日本政府からの援助も5年で打ち切られてしまうので、援助を今後も続けていくには、アフリカとの草の根的な関係を築いていく必要があります。それには不足している蚊帳の供給が有効だと考えています。ミレニアム・ビレッジ中に蚊帳は普及しましたが、アフリカ中ではまだまだ足りません。原価500円の蚊帳が1帳あれば、1人の子どもが5年間安心して眠れるんです。
佐藤 500円なら、若い方でも寄付できる額ですよね。
鈴木 コーヒー1杯我慢すれば、払えない額ではないと思います。私が勤めていた電通総研では、「世界価値観調査」という意識調査を5年ごとに実施していました。その結果を見ても日本の若者が自分に価値を見出せず、未来に希望をもてずにいることは明らかでした。何もないアフリカで懸命に生きている人々の存在を知り、自分にもできることがあるとわかれば希望もわいてくるはずです。
佐藤 アフリカの方々を日本にお招きするというアイディアもあるそうですね。
鈴木 そうなんです。日本のすばらしさを実際に体験して、ぜひ母国に伝えてほしい。夫が国連次席大使を務めた経験から、192ヵ国のうち3分の2の賛同を得て日本が安保理常任理事国入りを果たすには、アフリカの53票がどうしても必要だと痛感しました。政治的だとの批判もあるかもしれませんが、やはりアフリカの方々から理解を得るには、こうした草の根的なつながりが欠かせないんだと思います。
佐藤 今のところ、資金は企業からの寄付が中心ですか?
鈴木 そうですね。米国のように億単位のお金をポンと出す社会貢献家が日本にはなかなかいないので、いろいろな企業を回っては頭を下げています。厳しい環境ですが、会社勤めのころは、怒鳴られることも珍しくなかったので、こういう環境には慣れています。
佐藤 今後は、どんな支援を考えておられるんでしょう?
鈴木 今年の2月、タンザニアのムボラという村を視察してきました。この村には電気が通っておらず、学校のトイレも穴を掘っただけのもの。どのように処理しているのかさえわからない。こういった村に太陽光発電パネルなどを寄贈できたら、生活が大きく改善されると思います。インターネットへのアクセスも重要です。ソニーは、新品パソコンを大量に寄贈してくれました。 いずれは、ミレニアム・プロミス・ジャパンが全面的に支援する「ミレニアム・ビレッジ」を持ちたいですね。人的支援はプロジェクトのパートナーであるコロンビア大学地球研究所、UNDP(国連開発計画)から受けるとしても、資金は自分たちで調達したい。一村につき年間3000万円、5年で1億5000万円が目標です。
すずき・りえこ
北海道生まれ。日本女子大学文学部英米文学科卒業後、雑誌の編集記者を経て渡英し、国際関係論を学ぶ。1987年(株)電通総研に入社。92年に休職し、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院にて国際関係論の修士号を取得。93年に復職するが2004年、国連日本政府代表部次席大使に任命された夫・北岡伸一に同行してニューヨークへ。アフリカを4度訪問し、6ヵ国を視察。2008年4月、NPO法人ミレニアム・プロミス・ジャパン設立。国連周辺の女性30人にインタビューするなど、現在、著書を執筆中。
NPO法人チャリティ・プラットフォーム
2007年5月設立。本部は東京都港区。「日本における寄付文化の創造」を目的に、NPOおよび社会起業家と、その支援者・協力者を、寄付を通じてつなぐプラットフォームとして活動する。理事長は佐藤大吾。http://www.charity-platform.com/

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